7月26日は bice が亡くなってから11年目になる命日にあたり(つまり来年十三回忌ってことですね。月日の経つのは何と早いのでしょうか)それに合わせて投稿できるようにと文章を書いていたのですけれど、うまく纏まらないまま時が過ぎ結局投稿できないでいたのですが、その翌日の27日になって悲しい報せが飛び込んできました。渡辺善太郎さん(詩人の血、oh! penelope)が7月22日、すい臓がんのため逝去されました。57歳でした。
渡辺善太郎さんといえば、中島優子時代に出会って以来、辻睦詞さんと共に、特に活動の方向性に迷っていた時期の彼女の音楽活動を導いた恩人のおひとりになるかと思います。
中島優子/bice のシンガーソングライターとしての作品にプロデュースや編曲などで関わるだけでなく、PlayStation 2の『リモココロン』では、善太郎さんが手掛けた後を bice に託すことにより、彼女がサウンドトラック制作を始めるきっかけともなりました。
bice にとって渡辺善太郎さんは頼りになる師であり、歳の離れた兄のような存在でもあったのかと思いますが、単にプロデュースする側/される側という固定した関係に留まらなかったのは、善太郎さんの方でも bice の音楽家としての成長を認め、その手腕に信頼を置いていたことの証でもあるでしょう。
また、善太郎さんのソロユニットである atami でのコラボレーションも決して忘れることはできません。
avex からのリリースだった atami には、bice よりも著名なアーティストが多数参加していましたが、そんな中で一般的には無名と言っていい bice をフィーチャーした「Nightingale」を第1弾のシングルとして選び、リミックスも多数制作したのは、単に曲の出来が良かったからというだけでなく、当時アルバム制作半ばでのメジャーレコード会社からの契約解除という不運に見舞われた bice をサポートし、広く周知を図り盛り立てる意味合いもあったのではないかなと思います。
「善太郎さんの書く曲っていうのは本当にいいんですよ。リフだけでメロディ作る感じなんですよね。コードとの妙というか。すごい面白いと思って。尊敬していますよ」
2分20秒ごろから渡辺善太郎さんについて語る bice。
渡辺善太郎さん、昔、今は亡きbiceに紹介していただいたなぁ。
同世代、、ショックだ。
ご冥福を心より申し上げます。
アーティスト同士の交流がまた新たな出会いを運んでくることもありますね。中島優子との仕事でエンジニアの高山徹さんとも出会えたので感謝していると辻睦詞さんもおっしゃっていました。
当時 Whitebase Studio でアシスタント・エンジニアを務められていたナガオカ ダイゴロウさんのツイート。この他にも沢山 oh! penelope の作品制作についてツイートしておられ、大変参考になります。
このレコーディングの後、中島優子さんというアーティストのアルバムをオーペネが手掛ける事になり、そちらもご一緒しました。
彼女が後にbiceと名前を変え、音楽通を唸らせる作品を世に出していくことになります。
Chara さんの「atami がなんでサブスクにないのか」という疑問への avex/atami 関係者の方からの返答。
返信先: @Chara_xxx_さん, @YouTubeさん
ご無沙汰です。atamiの岡田です。サブスクは6月くらいから権利関連を整理してやっと解禁出来る様になりました。開始日の詳細はまた報告します。
4年前、atami の1st アルバムがアナログ化された時に以下の記事を書いたのですが
atami デビュー・アルバムがアナログ化 その2 / mu-moでの配信
mu-mo などで一部の曲が配信されているだけという状況は今現在も変わらないようですから、サブスクの主要プラットフォームでの全作品取り扱いが開始されるのなら大きな前進ですし、喜ばしい事ですね。
そういえば『きみはペット』のサントラも avex でしたね。CCCD ってなんだったんでしょうか(遠い目)。こちらもついでに解禁をお願いしたいです。
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今回ツイートの検索などをしていて、渡辺善太郎さんのミュージシャンやエンジニアの方々への影響力の大きさを感じました。早すぎる死が本当に惜しまれます。bice の活動に様々な形で関わって示唆を与えて下さったことで、名曲の数々が生まれました。ありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。
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