その時の気分によって スニーカーを履き替えるように
biceからの新しいイオンサプライ・ミュージックが届けられた。今回は、"この瞬間が幸せ!" と思える実感を詰め込んだというタイトル曲。どことなくbiceの "気にしい" な性格を投影している歌詞とダイナミックな曲のアレンジが切なさ感を倍増させている「Missing Words」。そして、シンディーローパーの大ヒット曲を6畳の部屋でカバー。ミクロ TO マクロな宇宙観を醸し出す「Time After Time」の3曲。このインタビュー後、今作のジャケット撮影があるという彼女。それに使うというアコースティック・ギターを傍らにインタビューは始まりました。
―どうなの?今年1年はbiceにとっても色々な事があって、忘れられない年になったんじゃない?
そうなんですよ。自分としては、"やっぱりこれでイイんだ!!" って感じの1年でしたね。というのも、私の歌っている向こう側が初めて見えた年でもあったからなんです。
今までって自分の家で曲を作ってるだけだったんで、リスナーがほとんど見えなくて。だけど、今年になって、作品を発売したり、ライヴを演ったりした事で、自分とリスナーとの関係がリアクションを通して明らかに見え始めたというのがあって…
最初は、私の音楽が精神安定剤になってくれたらいいなと思って始めたんですけど、
それが徐々に実現しつつある1年だったかなと。
―それでは一曲、一曲を簡単に…
まずは、 M-1.の「スニーカー」。この曲はライヴのツカミにピッタリそうだよね。コーラスも印象的で。
コーラスは何パターンか考えたんですよ。 私、声をイントロに持ってきた曲を作った事が無くて。というのも、私の声って、ちょっとコーラス的な声質でもあるので、"区別が付くかな?" と ちょっと心配だったんですけど、やってみたら バッチリで。かえって勢いづいた感じになりましたね。
この曲は前作のレコーディング中に出来た曲なんですよ。その頃、フリーデザインとかビーチボーイズといったコーラスのしっかりしているグループの作品を好んで聴いていた関係で、その影響が強く出てるんじゃないかな。
―凄くポップ性を重視したって感じがするんだけど?
この曲に関してはホント、そんな感じ、そんな感じ。この曲を作った時点って凄くハッピーな気分だったんですよ。普段はロー気味な私が珍しく "ああ、幸せ..." って思える瞬間があって(笑)。
その時に作った曲だったんで、その記念に出しておこう的なものも(笑)。
―この曲ってbice自身がアレンジも手掛け てるよね?
そうなんですよ。ギターを清水弘貴さんに手伝ってもらって。というのも、彼ならきっとこの曲にピッタリの爽やかで疾走感のあるギターを弾いてくれると思ったからなんです。
割と今までは、私が宅録してきたテープを基に楽器を色々と差し替えていく感じの作り方だったんだけど、この曲に関しては、生のバンドで "せーの" でレコーディングしたんです。
―歌詞に関しては?珍しくハッピーエンド的だよね?
今回はハッピーエンドがあってそこから書き始めたんです。今までって "この先一体どうなっちゃうんだろう?" 的な終わり方をする曲が多かったんですけど、この曲の場合は絶対にハッピーエンドだろうと(笑)。
―M-2.の「Missing Words」。コレは再び善太郎さんとのコラボレーションだよね?
この曲は、久々にピアノで作った曲という事もあって、作ってる時点から切ない感じが曲のイメージとしてあったんで、この曲はストリングスでグッと切なさを表すアレンジをしてもらったんです。生の弦楽団を呼んで合わせたりして、ちょっと豪華になりすぎちゃったかもと (笑)。
最初のデモはストリングスのパートもシンセだったんですけど、仕上がりは随分とゴージャスになりましたね。その分最初に入れていたエレキやアコギの部分を抜く事によってバランスをとりました。
―この曲って歌詞も直接的で伝わり易いよね?
そうですね。タイトルの「Missing Words」は見失った言葉的な意味合いなんですけど。
説明すると、ちょっとした事で、相手が引いてしまう言葉ってあるじゃないですか。その "どうして言ってしまったんだろう" という自分に対してのジレンマと不器用さを表していて、ソレに恋愛等をなぞらせて書いてみたんです。この曲に関してはけっこう自分自身を表しているっぽいですよね。
―じゃあ、けっこう他人に言われた事って気になるタイプ?
メチャメチャ気にしいですよ。私って一喜一憂タイプなんです。あとは "豚もおだてりゃ木に登る" タイプ。だから私の事をあまり誉めない方がイイですよ。本気にしてホイホイ演っちゃうから(笑)。
―M-3.はシンディー・ローパーの
「Time After Time」のカバーなんだけど、
この曲が僕はこの作品中で一番好き。biceの持っている世界観が上手く描写されているというか…。
(微笑)だと思いました。これはインディーズ・バンドのTHE PRIMROSE (11月15日には待望の1stアルバムがインディーズのGOD'S POP社より発売) の松井さんと2人で作ったんです。しかも、ギターと歌以外は彼の6畳の一室で。
この原曲は、シンディー・ローパーの曲ですけど、私の場合は、イギリスの男女ネオ・アコ・デュオのEverything But The Girlによるアコースティック・ギターのカバーにショックを受けて作ったものなんです。
―6畳の1室でこの宇宙観を出せるなんて凄い!!
コントラバスまで入ってますからね。あの狭い一室で(笑)。彼の部屋に自分の歌とギターだけを入れたハードディスク・レコーダーを持ち込んでレコーディングしたんです。
録り終わった後に "やっぱりメジャーで出すんだから…" って思い直して、録り直そうと思ったんですけど、あの部屋で録ったあの世界観というか雰囲気が凄く捨て難くて。結局録り直したのは、アコギと自分の声だけにしたんです。
ホント、私も聞き直して、これがあの部屋で録られたものなのか?!という程上手く宇宙観が出せましたね。
やっぱり空気感までも真空パックしたかの様なこの方法論の成功は嬉しいですね。味をしめちゃいました(笑)。今、アルバム制作のアイデアを練っているんですけど、何曲かはこの方法論で作っていくかもしれませんね (笑)。
■10月21日 東京・虎ノ門 / ポニーキャニオン本社にて
今作は、自分の気持ちに対して "フットワーク軽くなっていこう" という気持ちも含めて「スニーカー」というタイトルにしたらしい。そうだよな、男女間の気持ちや気分って足下に似ているかもしれない。ワーキング・ブーツの様に重い気分の時もあれば、裸足のように "全てを失った感" がある時もある。かと思えば、ビジネスシューズみたいにシャッキリした気分の時も...。でも、気を使わずにカジュアルな関係でずっといられそうな。やっぱりスニーカーの様な気分の時が一番いいなと僕も思うのでした。
(池田和宏)
(Pause 1998年12月号掲載)