ここでは中島優子から bice に名義を変えて新たに活動を始めるまでの流れを簡単に振り返ってみたいと思います。

まず中島優子としては、1996年11月に先行シングル 『Happy Xmas (Love is all over)』 を、12月に oh! penelope との共同プロデュースとなる4枚目のアルバム 『charmless?』 をフォーライフ・レコードから発表後、プロモーション活動などを経て、1997年の4月頃まで同名義でのライヴを行っていたようです。

後に bice になってからの2001年の Quip 誌24号のインタビューで、「いつ頃から活動しているか?」との問いに対して、「97年5月くらい」と彼女が答えていることからも、中島優子としての活動を1997年4月までで区切りをつけ、翌月の1997年5月頃から新たな活動に向けて意識を切り替えて準備に入った、ということになるでしょうか

もちろんその頃はまだ bice というアーティスト名は決まっていなかったと思いますが。

そしてノーナ・リーヴスの作品を聴いて衝撃を受けた彼女が自ら、1997年中にその発売元であるインディーズ・レコード会社のアンダーフラワーに連絡を取り、田中謙次社長のアドバイスの元で、アルバム用にまたたくまに12-13曲を書いたのが1997年11月ということです。(Marquee Vol. 11 1999年)

そこから選ばれた5曲+カバー1曲でミニ・アルバム 『Spotty Syrup』 がノーナ・リーヴスのメンバーも参加し録音され、bice としてのデビューに至る、というのが大体の流れですが、『Spotty Syrup』 がリリースされる1998年4月30日までの間に、メジャー会社のポニーキャニオンとも契約が恐らく成立していたはずです。

というのも 『Spotty Syrup』 のプロモーションのためのインタビュー記事の幾つかで見られるアーティスト写真は、なぜかポニーキャニオンの文字が入った架空の LP レコードを小道具として持った bice の画像が使用されているからです。


態々撮影用に?レコードを作るあたり凝っていますが、その後アルバム制作半ばでポニーキャニオンから突如契約解除された事を考えると運命の皮肉も感じます


普通に考えても4月30日にインディーズからデビューして、それが評判になってからのメジャー契約、レコーディング、撮影、プロモーションでは7月17日のメジャー・デビューまで2ヶ月あまりしかなく、スケジュール的に到底間に合いません。

正確な契約時期は不明ですが、『Spotty Syrup』 発売前にポニーキャニオンとの契約を締結し、プロジェクトがアンダーフラワーからの作品とは別に進行していたのでしょう。

言い方を変えると中島優子時代のフォーライフからポニーキャニオンに移籍する間に、インディーズ・レーベルのアンダーフラワーから出したという見方も出来ると思います。


現在ではインディーとメジャーの境界線はかなり曖昧になってきていて、音楽を聴く際にもあまり気にしない方も多いと思いますが、当時はまだその境界線はかなり厳然としてあったように思います。

それはメジャーで活動する際に「インディーズ出身」ということが一種の箔付け、宣伝文句としても有効に機能した時代だったということでもあります。メジャーの商業的土壌に音楽性重視の自立した音楽活動を続けてきたアーティストが新風を吹き込むようなイメージです。

間にインディーズでの活動を挟むことによって、ガールポップの枠で活動していた中島優子時代を完全に切り離し、bice を全くの新人アーティストとして偏見なく新鮮な感覚で聴いてもらうには十分な効果がありましたし、当人にとっても新たな気持ちで活動に踏み出すことが出来ただろうと思われます。

たとえメジャーレコード会社で活動をすることが前提の上でのインディーズでの活動であったとしても、過去の活動を捨てて、自らの審美眼により能動的にアンダーフラワーを選んだのは紛れもない彼女自身であり、レーベルカラーもしっかり理解した上で、田中社長というよき理解者のサポートを得て生まれたのは、戦略的なあざとさとは全く無縁な、気品のある作品でした。まさに 『Spotty Syrup』 は薫風のような新鮮さを未だ失うことのないアルバムです。

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