そして、そんな彼女のアーチストとして魅力を詰め込んだ2ndアルバム「let love be your destiny」をリリース。作詞家、松本隆との共作「Cludy Sky」「包んであげる」、NHK衛星デジタルハイビジョンPRソング「私とポールの事」ほか、センシティブな世界観、アンニュイで心地よいポップ・ワールドを披露している。
洋楽に影響を受け、世界観を広げながら育んだ 創作意識
ストレートでわかりやすい音楽よりも展開の見えない「少し寒くて影のある、声が緩くて張らないボカールが好き」。また、アメリカの音楽より、ヨーロッパの音楽を好みだという。
小学校時代はオフコースをはじめニューミュージック、歌謡曲が好きだったが、MTVで洋楽へと嗜好が変わっていった。中学時代には、ニュー・ロマンティックに影響を受け、独自に音楽を追求しながら、創作活動に目覚めていった。
「曲のライティングを始めたのは中学校の頃。ポータートーンという、ドラムとかピアノとか音を作れるキーボードを買って、ラジカセで多重録音して曲を作っていたのですが、趣味とはいえ、最初から人に聴かせられるものを作ろうと思った。それを地元のラジオ局で流してもらったりして、自分できちんと出来ているじゃんという自負…、誤解してしまったんですね(笑)」
「何よりも曲を書きためていくことが楽しかった。曲づくりをするにあたって、知らないものはあってはいけないと思ったので、あらゆる音楽を聴いた。それでも、ピアノで曲づくりをしていた頃は、ニューミュージックから抜け出せなかった。湿った感じで、思うようなロックにはならなかった」
その一方で、「自分の歌のヘタさは自覚していたし、音域の狭い声なので、バンドでは歌えないと思った。楽器(キーボード)を演奏するにも、キーボードは一番寂しい楽器だと学生時代まで思っていた」とか。現在の独特なボーカルスタイルは、そんな自分=個性を見つめたうえで、知人のミュージシャンからアドバイスを受け確立したものだった。
スタジオワークから離れ宅録によって自分のイメージを忠実に再現
今回のアルバムは、ファーストアルバムが長い緻密なスタジオ・ワークで制作した作品であったのに対して、主に自宅の機材を使って制作した。エン ジニアがいないばかりか、スタジオのようなアンプやミキサー卓はなく、音を直接ラインでコンピューターに取り込んでいくという作業をおこなった。それはある意味、一番自分に合ったスタイルであったが辛い作業となった。
「1曲目はほとんどデモテープと変わらない状態です。スタジオに入るとどうしてもエフェクトの感じも違っていくし、少しのズレが大きく変わっていくことがある。また、それぞれのミュージシャンのイメージもあって、どうしても『それでいいよ』ってなってしまうんですね。今回はフレーズまでこだわり、曲を作ったときの組み立て、自分のイメージに忠実に表現しました。でも本当に辛い作業でもう嫌ですね(笑)」
「今回はみんな好きで、中でも1曲目は好きですね。サウンドにも遊びがあり、コード展開も新鮮。ライブでやっていても面白いなって」
柔らかさの中にもリズムセクションが印象に残るのは、ドラムは別録されたものだからなのだろう。アンニュイな中に芯がある。
「家でミックスして、シャリシャリした音が気になるので、アナログテープに落した。その作業だけでデジタル感がかなりなくなりました」
これらレコーディングの変化は、サウンド面にいい意味でのラフさを、そして彼女のアーチストとしてのセンスをより浮き立たせるものになった。
「let love be your destiny」は自分へのメッセージ
シングル曲がちりばめられているが、全体的に統一感を感じさせるのは、「きっとそういう心境だったんでしょうね。少しあきらめの入った20代後半みたいな(笑)。いつも自分のいる位置、生活に満足できない自分がいて、“こういう人間は幸せになれないんだろうな…”って思うことが多くて(笑)。それで『let love be your destiny』という言葉を信じるしかない。そうでないと幸せになれないなって。自分へのメッセージですね。私的にネガティブな人なんですね。でもあまり考えていないネガティブさ。最後はあまり考えても報われないよ、気楽に行こうよっていうストーリー展開になっていくんです」。
歌詞については、メッセージを考えると書けなくなってしまう。ギリギリにならないと生まれない。曲が出来上がってカラオケを聞きながら考えるタイプだという。そんな彼女にとっての音楽は、「遊びですね。苦しい苦しいと言ってますが、ほかに趣味がないんですよ。唯一、できた時に心から喜びを感じるられるもの」。
音楽をやっていくうえでのテーマについてたずねると、「今朝、津軽三味線の大会をテレビで見た。プロになるために頑張っている女性。私は練習が足りないなって(笑)。最近、ディレイを買ったので、エレキ(ギター)を練習したい」と。
さらにこれからは、「何もない状態から、映像に音楽をのせる仕事がしたい」。制約の中で何かを作るもの、やる気をそそられるのだという。ネガティブというが、そんなチャレンジ精神、何ごとにもめげない強さを感じさせる言葉に、彼女の音楽対する職人的気質を見た気がした。
アーリーサマーの爽やかな風がとても清々しいこの季節、昼下がりのカフェでくつろぎながら、耳を傾けたくなる安らぎのbiceサウンド。きっとこれからも彼女は音楽と戯れながら、そしてさまざまな挑戦を試みながら、オーデエンスの心を癒してくれる心地よいサウンドを奏でてくれることだろう。
text・海老原澄画(02.6.6)
Photo:t.k-USA No.
■bice ビーチェ 埼玉県出身。4月11日生まれ。年齢と本名は非公開。血液型B型。好きなアーチストはプリファブスプラウト、ゾンビーズ、ソフティーズ、ニューオーダー、トレイシー・ソーン、マーゴ・ガーヤンなど。歌謡曲、ニューミュージックをはじめ中学校時代にはニュー・ロマンテックや洋楽の影響を受け、創作活動に目覚め、ラジオなどの投稿で作品を発表しはじめる。 コンピューターや録音技術の進歩とともに創作活動をより発展させながら、98年4月にインディーズから発表したミニアルバム「Spotty Syrup」(アンダーフラワーレコード)が外資系レコード店を中心にヒット。同年7月にメジャーデビューを果たす。現在までインディーズとメジャーレーベルから4枚のマキシ・シングル、2枚のミニアルバム、2枚のアルバムを発表。また99年からは、アーチスト活動と並行してアイドルや他のアーチストへの楽曲提供やプロデュースを担当。2001年にはプロデューサー、渡辺善太郎氏のソロプロジェクト「atami」に参加。ドラマ「ムコ殿」(フジテレビ系)のサウンドトラックやプレイステーション2ソフト「リモココロン」の音楽制作を行うなど、その音楽活動の幅を広げている。4月17日に2ndアルバム「let love be your destiny」=写真=をリリース。
(サンケイスポーツ・ウェブサイト 2002年6月6日掲載)